NHK「あの人に会いたい」−46

この方は矢沢さんと同年齢ぐらいである。以前は洋楽宣伝部に所属していたらしく、同じ宣伝部バイト仲間から「鈴木さんがこの前『レコード新譜の帯の宣伝叩き文句で脳天直撃という言葉を使ったのは、日本で俺が一番最初。それを政則(セイソク)がマネして使い出したんだよ』って言っていた」と聞いたのが思い出される。また、自社ビル一階の広いロビーのあるテーブル席で「えぇ、えぇ、あー、はい、えぇ、えぇ」と例の調子で相槌を打っており、ロビー内はその声が響き渡っていた。鈴木さんだとすぐわかって目をやるとお相手は何と音楽評論家の福田一郎さんだった。差し向かいでずうっと話しをしていた。薄いサングラスの福田さんは当時何歳だったのだろうか、60歳は超えていたか。いまウィキぺディアで調べたらこの時は63歳でいらしたのがわかった。そして今から凡そ9年前の2003年9月4日にお亡くなりになられていた。このときの表情は柔和な表情で口元は緩んでいたが迫力があった。福田さんのお声は知っている。今から約20数年前、伊藤政則さんの深夜FMラジオでゲスト出演されたときの事が思い出される。「ツェッペリンではない、ゼップリンと言う。言いにくければ、せめてゼップと言って欲しい。モンタレーではない。外人はモントレーと発音する。モントレーと言わなければいけない」とおっしゃっていた。僕は結構影響を受けた。こういう点を注意する人は他にピーター・バラカンさんがいる。セロニアス・モンクはセロニアス・マンク、アレサ・フランククリンはアリーサ・フランクリンという具合。こう云う事は大事な気がしてならない。