NHK「あの人に会いたい」−21

そして立って横に並んでいる我々の前まで来られた。矢沢さんから見て一番左に僕は居た。おぼろげながら回想すると、このとき気付けば矢沢さんの立ち位置は中央ではなく、左寄りだった。僕と隣りの仲間の中間ぐらいだったと思う。矢沢さんと目が合った。そして真剣な眼差し、弱冠顎を引いて歯切れ鋭く一言「よろしく」と発して右手を迅速に差し出した。僕は下を向き、矢沢さんの右手を見る。5本指は力強く気合を帯びて真直ぐ伸びていた。この手が矢沢さんのものだとはまだ信じ難く、見詰めている内、その綺麗な佇まいにまたしても目惚れした。僕如きのような低レベルの人間が高レベルの人間の手に触れる資格があるのだろうかと自らを責めるように躊躇する念に駆られ、更に緊張感も追い討ちを掛けて頭の中は真っ白だ。しかしこのまま止まっているわけに行かないという本能も芽生える。意識して応じるというより、爬虫類の如き反射神経的に、僕は右手を合わせた。